― 外科的治療か、それとも経過観察か。治療方針を一緒に考えましょう。

下高井戸脳神経外科クリニック院長の高橋里史です。

こちらは、2025年9〜10月に杉並区下高井戸で開院予定の「下高井戸脳神経外科クリニック」の求人サイトですが、今回も求人のお話から少し離れて、「未破裂脳動脈瘤」について、お話しさせていただきます。

私は2025年3月まで、都内の大学病院脳神経外科で脳血管障害を専門に診療しており、未破裂脳動脈瘤については、開頭手術・血管内治療のいずれも経験してきました。大学病院では開頭術のセカンドオピニオン外来も担当しました。下高井戸脳神経外科クリニックでは手術は行いませんが、当院では、未破裂脳動脈瘤のリスク評価、治療方針のご相談、保存的加療を含む経過観察に対応致します。


未破裂脳動脈瘤とは?

未破裂脳動脈瘤とは、脳の動脈にできた破裂していない「こぶ(瘤)」を指します。多くは、脳ドックや頭痛の原因検索で行われたMRIで偶然に発見され、発見時には症状がないことがほとんどです。

「”未”破裂」というと、「いずれ破裂するのではないか」と心配になってしまうかもしれません。しかし、実際には長期間に渡って、大きさも形も変化せず、もちろん破裂もしない動脈瘤も多く、医師の中にはそのような動脈瘤のことを「”非”破裂脳動脈瘤」と呼ぶ方もいるほどです(ただし正式な医学用語ではありません)。

未破裂脳動脈瘤の有病率は日本人でおよそ3%。つまり、満員電車の1両に300人が乗っているとすれば、約9人の方が未破裂脳動脈瘤を持っている計算になります。そしてその多くの方がご自身が未破裂脳動脈瘤をお持ちであることを知りません。未破裂脳動脈瘤は決して珍しい病気ではないのです。

未破裂脳動脈瘤は破裂すると、くも膜下出血を発症し、命にかかわる重大な事態を引き起こす可能性がありますが、実際に破裂する確率は年間で約1%前後とされています。


フェルミ推定で考える「破裂リスク」

未破裂脳動脈瘤を持つ方が10万人中3,000人で(有病率が3%なので)、年間のくも膜下出血の発症率は20〜30人/10万人なので、年間で未破裂脳動脈瘤が破裂してしまうのは未破裂脳動脈瘤をお持ちの方100人中1人程度と推定されます。これは実際に未破裂脳動脈瘤に対して保存的加療を選択された患者様を追跡したコホート研究の結果とほぼ一致します。

後で理由は話しますが、未破裂脳動脈瘤を指摘された患者様に私が必ずお願いをしていることは「心配し過ぎないでください」ということです。不謹慎とお𠮟りを受けるかもしれませんが、心配し過ぎないで頂きたい一心でくじ引きのたとえ話をすることもあります。

くじが100本あって当たりが1本だったら「まず当たらない」と思いませんか?未破裂動脈瘤が「すぐに破裂する」と思い込まず、冷静に判断することが大切です。

なお、未破裂脳動脈瘤は見つかってすぐに破裂することが多いというデータもありますが、これは以下の2つの理由が考えられています:

  1. 動脈瘤は先天的なものではないので発生の後、急速に成長して破裂するタイプのものがある
  2. 動脈瘤が見つかったことで強いストレスを感じ、血圧が上昇して破裂を引き起こす

2. が先ほどお願いした、「心配し過ぎないでください」という理由です。「見つかったから破裂したらどうしよう」と心配しすぎることがかえって破裂のリスクになり得るのです。


破裂リスクに関係する因子

これまで行われてきた大規模研究 (A. Morita et al. N Engl J Med, 2012; D.O. Wiebers et al. Lancet, 2003; T. Ishibashi et al. Stroke, 2003) の結果から、以下の因子が破裂リスクの上昇に関係すると報告されています

  • 動脈瘤の大きさ(5mm以上はリスクが上がり、特に7mm以上の動脈瘤のリスクはさらに高くなります)
  • 動脈瘤の位置:前交通動脈(Acom)・後交通動脈(Pcom)(これらの部位の脳動脈瘤は他部位のそれと比べて破裂しやすく、特にAcomでは小型でも破裂することがあります)
  • 不整形な形(表面に「ブレブ」があるなど)
  • 多発性動脈瘤
  • 高血圧・喫煙・多量の飲酒
  • くも膜下出血の既往

当院では、未破裂脳動脈瘤のリスク評価にあたり、これまでに報告された大規模前向き研究に基づいて作成された破裂予測モデル(UCAS Japanの破裂予測モデルおよびPHASESスコア)を参考にします。
これらのスコアは、動脈瘤の大きさ・部位・形状、および患者様の背景(年齢、高血圧、くも膜下出血の既往など)をもとに、将来的な破裂リスクを定量的に予測するものであり、個々の患者様の治療方針を検討する際の判断材料として用います。
PHASESスコアでは5年間、UCASモデルでは3年間の破裂リスクが数値で算出するされるため、患者様と客観的に動脈瘤破裂のリスクを共有する助けとなります。

また、ご家族様に脳動脈瘤やくも膜下出血の既往がある方から、ご自身の動脈瘤リスクについてご質問を受けることがあります。脳動脈瘤の中には家族性に発症する家族性の動脈瘤もあり、家族性の脳動脈瘤については、次のような条件が重なるとリスクが高くなるとされています:

  • 複数の家族に脳動脈瘤の既往がある
  • 若年発症者がある
  • 中大脳動脈に動脈瘤集中している
  • 多発例がある

このような状況を踏まえて、特に2人以上の脳動脈瘤の家族歴がある家系において、脳動脈瘤を持つ一親等以内の家族がいる方には、脳動脈瘤のスクリーニングが推奨されます。

また、多発性嚢胞腎などの遺伝性疾患を有する方も、動脈瘤の発生頻度が高くなることが知られています。


小さな動脈瘤でも注意は ― SUAVe研究より

「動脈瘤が小さいから安全」という考えには注意が必要です。
本邦の前向き研究である「SUAVe study」(M. Sonobe et al. Stroke, 2010) において、5mm以下の未破裂脳動脈瘤の年間破裂率は約0.5%と報告されています。

SUAVe studyでは特に次のような条件がある場合には、小さくても破裂リスクが高くなる傾向があると報告されています:

  • 年齢が50歳以下
  • 高血圧がある
  • 多発性動脈瘤
  • 大きさが4mm以上
  • 不整形(ブレブを伴う)

また、未破裂脳動脈瘤に経時的な形状変化を認めた場合、破裂リスクが大幅に上がることが報告されています(Inoue T, et al. J Neurosurg, 2012)。このため、当院では「小さいから放置」ではなく、定期的なMRIによる慎重な経過観察をお勧めしています。


治療をするか、経過をみるか ― 判断のために必要なこと

未破裂脳動脈瘤の治療には次の2つの選択肢があります:

  • 開頭クリッピング術:動脈瘤の根元をクリップで閉じる手術
  • 血管内治療:カテーテルでコイルを詰めたり、ステントを置いて血流を変える治療

どちらが適しているかは、動脈瘤の大きさ、形、場所、血管の走行、年齢、持病、そして患者様の希望によって異なります。

2020年代のメタ解析によると、30日以内の合併症率は:

  • 血管内治療:合併症 約5%、死亡率 約0.3%
  • 開頭手術:合併症 約8%、死亡率 約0.1%(Algra AM, JAMA Neurol, 2019)

と報告されています。一方保存的加療を選択する場合には、破裂のリスクを懸念する必要があります。どの治療を選択しても何らかのリスクが生じますので、動脈瘤の性状、患者様の医学的、社会的背景に基づき、個々人がテイラーメイドの治療方針を立てる必要があります。

外科的治療(手術)を選択された場合、当院では手術は行いませんが、適切な施設と執刀医をご紹介致します。大学病院・総合病院・専門施設など、ご希望や通院利便性に応じて柔軟に対応いたします。

どこの病院には紹介が難しいとか、どこの病院しかお勧めしないということはありませんので、是非ご希望をお聞かせください。


治療しない選択肢と保存的加療

破裂リスクが比較的低い場合や、手術を望まれない場合、脳動脈瘤以外の医学的背景から手術のリスクが高い場合には、「保存的加療」が選択肢となり得ます。

保存的加療では、以下の管理を行います:

  • 高血圧の治療とモニタリング
  • 禁煙と節酒の生活指導
  • 破裂リスク低減のための生活指導
  • ストレス管理
  • 定期的なMRI/MRAによるフォロー(3〜6か月後、以降は年1回程度)

必要に応じて、降圧薬などによる薬の治療も検討します。


不安との付き合い方 ― リスクをどう受け止めるか

研究によれば、患者様は医師が想定するよりも、破裂リスクも手術リスクも高く見積もる傾向があるとされています(King JT, et al. J Neurol Neurosurg Psychiatry, 2005)。

当院では、不安を和らげるために:

  • わかりやすい説明
  • 数字に基づいた冷静なリスク評価
  • 一人ひとりの考えに寄り添った選択肢の提示

を大切にしています。


ご相談ください


「今は手術の必要がないから近くの脳外科で経過をみるように言われた」

「どの治療がよいか判断できない」

「ご家族に脳動脈瘤をお持ちの方がいて、ご自身も心配」

「他院で手術をすすめられたが迷っている」

―― そうしたお気持ちに、当院は専門的な立場から丁寧に向き合います。

未破裂脳動脈瘤と診断されて不安な方へ。どうか一人で悩まず、まずはお気軽にご相談ください。